1. HOME
  2. EVENT
  3. 9月1日(金) ちっとも終わらない夏。斎藤誠の"HOTすぎる4人組"LIVE!! 学生時代インタビュー

9月1日(金) ちっとも終わらない夏。斎藤誠の"HOTすぎる4人組"LIVE!! 学生時代インタビュー



斎藤誠

 ■開催日時
 2017年9月1日 (金)
 18:30 OPEN / 19:00 START

 ■開催場所
 duo MUSIC EXCHANGE

 東京都渋谷区道玄坂2-14-8 O-EASTビル1F
 ●duo MUSIC EXCHANGE Webサイト

 ■チケット料金
 前売り¥5,000(税込) / 当日¥5,500(税込)
 ※ドリンク代別途¥500-必要

 ■販売プレイガイド / チケット発売中!
 Music for Life チケット購入受付はコチラ
 

  tel. 0570-02-9999 【Pコード:340-018】

  http://l-tike.com【Lコード:75479】

  http://eplus.jp/

 ■お問い合わせ
 Music For Life tel. 03-5738-8905

斎藤誠

斎藤誠は学生時代にどんな生活をしていたのか!今回は夏休みということで、学生時代のエピソードなどたくさんインタビューしてみました!(取材・文/Music For Lifeスタッフ)

もうグローブなんかその辺に投げてヘッドホンがしたいというような。

——学生時代の活動について、当時夢中になっていたもの等ありますか?

●斎藤誠(以下、斎藤):小学生の時は音楽とか図工とか、やっぱりなにか作ることがすきだったんだと思いますね。で、やっぱり音楽に関しては、小学校の時は生意気でしたから、誰よりも洋楽を知ってるぞ!という意識(笑) でも小学生だから、みんなの興味はやはり野球やサッカー。音楽の事を口にする子はいませんでした。それが中学校になると、音楽の方にも女の子の目が向いて来るんです。ここで遂に俺らの時代が来たと(笑)。高校ではもう文化祭の日のためだけに学校に通ってましたね。大学時代なんかは、青学祭っていうのが11月にあるんですけど、それが終わった次の日はもう来年の学園祭のことを考えていましたからね。

——やっぱり小学生時代から音楽、洋楽は好きだったのですね。

●斎藤:まあ表向きにはサッカーも野球も参加していました(笑) でも正直に言うと早く帰りたくてしょうがなかった。もうグローブなんかその辺に投げてヘッドホンがしたいというような。

——小学生時代から相当音楽が好きだったんですね。

●斎藤:ビートルズのせいもあるかもしれませんね。TVで来日公演を子どもながらに観ちゃったもんですから、絶対野球よりこっちの方が面白いってなったんだと思います。それが最初のきっかけですね。

──高校、大学の文化祭ではやっぱりビートルズのカバーをしていましたか?

●斎藤:高校時代はエリック・クラプトンやマウンテンのカバーを下手くそなりにやって、ステージに立って嬉しいなとか快感を少しずつ知っていくというような感じですね。大学ではオリジナル曲をやっていました。

──今夏休みの期間ですけど、やっぱり学生時代は学祭にむけて音楽をずっと練習したりだったのですか?

●斎藤:目標としてはそうですけど、それ以前に毎日楽器をかき鳴らしていることがもう最高にハッピーなんです。楽しくて仕方がない。バカみたいに重い100wのアンプを、バスで高校まで持って行ってたくらいですからね(笑)。親父と二人でお茶の水にこのアンプを買いに行って、電車で町田の自宅まで持って帰って来たのをよく覚えています。重かったけれどちっとも苦じゃなかった。

そこに欲求不満がいっぱいあったから、こういうひん曲がった面白い歌詞になるんだと思います。

──音楽の話ではないのですが、学生時代の恋愛事情を教えてもらえますか?

●斎藤:得意分野の話ですね(笑) 今僕が歌っているラブソングは、ほとんどがちょっと煮え切らない男が主人公なんですけど、その大元を探って行くと必ず学生時代の自分に到達するところがあって、「なんでうまくいかないの」「なんで彼女はこっちを振り向いてくれないの」っていう大きなテーマがあって、それは多分その時に培ったものであると思うんですよ。あっ、でも、実際モテた時代もあったんですけど!(笑) バレンタインで休み時間にロッカーを開けるともう崩れ落ちそうになってるっていう。
もう何百回も取材で言ってきてるんですけど、で、ロッカーを閉めて周りを見ると女の子が数人こっちを見てるんですよ。どうですかこの話!(笑) これからも百万回は言っていこうと思ってます (笑) それは音楽だけじゃなくてもこんなに楽しいんだって爆発した時期でしょうね。でも、そのモテ期があったのとは別に好きな人がいて、3年間片思いで終わってしまいましたね。その辺が自分の歌詞の元となっているところですね。もし、その時にうまくいっていたら絶対こういう歌詞にはなっていないと思いますね。そこに欲求不満がいっぱいあったから、こういうひん曲がった面白い歌詞になるんだと思います。

──学生時代ならではのもどかしさはありますよね(笑)

●斎藤:学生=もどかしさですね。高校1年2年の丁度この夏の時期に好きな子に告白したんですよ。最初は僕の片思いだったんですけど、彼女も僕のこと好きになってくれてる自覚はあったので呼び出して、「もうわかってくれてると思うけど、僕も昔から好きで君もそうでしょ?」って言ったら彼女から「何が?」って(笑) もうそれがショックで、彼女は全然その気はなかったんだって。僕は周りが見えてなかったんでしょうね。それが夏の一つの思い出となっていて。面白いですねー、今考えてみると(笑)

──恋愛から通じるものってありますよね。音楽って。

●斎藤:そうですね。うーん、あと音楽を始めたきっかけがよく彼女を振り向かせたいからっていう人がいますけど、それは僕ないんですよ。音楽と好きな女の子は割と平行線で、ギター弾いてる時はそれどころじゃないっていうのはあったんですよ。一緒に考えられないくらい両方とも楽しかったし、熱中してたんですよ。

ギターを取りに東京に戻ってその日のうちに帰ってきたっていうのがあります。

──ご自身で楽曲を作り始めるようになったのも学生時代からですか?

●斎藤:うーん、母親に聞くと子どものころからオリジナルソングは作ってたみたいで、トイレに行く時も「オシッコいってきましょー」といった感じで。きっとトイレが恐かったんでしょうね。そういう意味では最初から歌が好きだったんだと思います。

──学生時代におこったハプニングや印象に残っている出来事などはありますか?

●斎藤:大学1年生の夏に箱根の旅館で1ヶ月住み込みのバイトをやったんですが、働いているうちにどうしても堪らなくなってしまったんですね。要するにギターを持ってきていなかったのです。それで1日お休みをいただいいて、ギターを取りに東京に戻ってその日のうちに帰ってきたっていうのがあります。なんかからだの一部が無くなっちゃったような感覚に陥るというか。布団もちゃんと敷けないくらいに。

──それは大変でしたね。(笑)

●斎藤:同じ頃(1977年)、同じサークルの先輩バンド、サザンオールスターズがヤマハのバンドコンテストの決勝大会に出るってんで、後輩はみんな紙吹雪を持って中野サンプラザに応援に行ったんですけれど、僕はその時だけ行けなくて、「何してたの?」ってみんなに言われると、「旅館で布団敷いてました。」っていう(笑)

夏休みの宿題ではなかったんですけど、ミニチュアを作った思い出もありますね。

──ちなみに小学校の頃に好きだった図工に関しては何かエピソード等ありますか?

●斎藤:4つ上に兄貴がいて、すごく手先が器用だったんですね。特に絵とかデザインに優れていて憧れていましたね。夏休みの自由工作では川中島の戦いを再現したもので、一方の取手を引くと上杉謙信が刀を振り下ろして、もう一方の取手を引くと武田信玄が軍配を上げるといった結構凝った仕様になったものを作りましたね。まあほとんど親父にやってもらったんですけど(笑)

──お父さんお手伝いのつもりが熱中してしまったのですね。(笑)

●斎藤:あと同じようなことなんですけど、1970年に大阪万博があって、世界中の国の人が参加してパビリオンを建てたんだけど、その変わった形の建物を親父と一緒に作ろうということになって、夏休みの宿題ではなかったんですけど、ミニチュアを作った思い出もありますね。

——ちなみに大阪万博には実際に行かれたのですか?

●斎藤:行きました。中学校1年生の時だったんですけど、興奮しましたね。

ひねくれていて、ユーライアヒープとかマウンテンとかの大主流ではないものを聴いていましたね。

──学生時代に印象に残っているアーティストのライブとか通っていたライブ等ありますか?

●斎藤:1972年に当時の後楽園球場で行なわれたエマーソン・レイク・アンド・パーマーの初来日公演は観ました。ELPが初めてシンセサイザーを日本に持ってきたんですけど、当時のシンセサイザーって畳4畳分くらいの大きさがあるわけですよ。パッチを切り替えながら演奏するんですけど、パッチを切り替えるごとに音が激変してそれにすごくシビれましたね。
当時後楽園球場でライブやるとなるとグランドには人をいれないんですよ。だからグランドの真ん中にあるステージが遠いんですよ。その離れた距離のぶん、ステージ上にいるのが孤高のアーティストといった感じというか、今風にいうと神みたいな感じがして、その手の届かない距離感に興奮しました。

──お話を聞いているとビートルズやクラプトンだけでなくプログレ等色々な音楽を学生時代から聴かれていたのですね。

●斎藤:そうですね。でもあまりジャンルとかで音楽を聴いているというよりは、曲がいいから好きになるというだけで、「そう言われてみるとプログレっていうジャンルなんだー」というくらいで、あとはなんか凄そうだから観ておこうっていうのはありますね。後楽園球場ですもん。

──レッド・ツェッペリンも後楽園球場でしたっけ?

●斎藤:いや、ツェッペリンは武道館ですね。でも僕、ツェッペリンは聴かないようにしておこうと。あまりにも周りがツェッペリンツェッペリンって言ってたんで。(笑) あとディープ・パープルとかも観ないでいましたね。ひねくれていて、ユーライアヒープとかマウンテンとかの大主流ではないものを聴いていましたね。どっちもハードロックなんですけど。でもエマーソンは本当に衝撃でしたね。

斎藤誠


斎藤 誠

斎藤 誠

■シンガーソングライター/プロデューサー/ギタリスト
1980年 青山学院在学中より音楽活動スタート。
以来シンガーソングライターとして自身のライブ活動を中心に桑田佳祐、原由子らのツアーレコーディングに精力的に参加し活動。

1983年 10月21日アルバム「LA-LA-LU」でデビュー。

2000年 サザンオールスターズのサポートギタリストとしてツアーに参加。
また自身で「ネブラスカ」と称した弾き語りライブや、Martin社とのコラボレーションイベント「Rebirth Tour」に参加するなどライブ活動も勢力的におこなっている。

2013年
12枚目のオリジナルフルアルバム「PARADISE SOUL」リリース。

2015年
セルフカバーアルバム「Put Your Hands Together!」
洋楽カバーアルバム「Put Your Hands Together!」2タイトル同時リリース。

2017年
「ネブラスカレコード ~ It's a beautiful day ~」リリース。

■斎藤誠 本人 Webサイト
 http://www1.odn.ne.jp/cah32600/
■斎藤誠 avex Webサイト
 http://tearbridge.com/saitomakoto/
■Facebook
 https://www.facebook.com/makoto.saito.official

和なり屋

和なり屋

■染物屋
お客様に藍染め体験や機織り体験に触れていただくことで、
日本文化の入り口となることをコンセプトにしたお店です。
和なり屋の和は、心と心でつながる輪であり、その輪はやがて、日本だけでなく、
世界中の多くの人々とつながる和&輪となっていくことを目指しております。
ぜひ和なり屋にいらして和&輪を体感してください。和なり屋はそのお手伝いをさせていただきます。

■和なり屋 Webサイト
 http://wanariya.jp

関連コンテンツ